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−ガンを通じて人生の宿題をみつけました−
『お釈迦様へのてがみ』−平凡な主婦の末期ガンからの生還の記録−
(福浦さゆり著 長崎文献社 2006 年)
ある時、私どもの許に、凛とした手書きで宛名の書かれた小包が届きました。
開けると中から 1 冊の本がお手紙とともに出てきました。
“拝啓 はじめまして。長崎在中の 43 歳の専業主婦で福浦さゆりと申します。「バランスα」の愛飲者です。
実は私は 4 年半前に、 3 期の卵巣ガンを患い、一時は絶望したこともありましたが、心の持ち方生き方を変えて、玄米菜食とびわ療法で、今も元気にしております・・・“
福浦さんは、切除手術を受け、その後抗がん剤治療を続けましたが、おもわしくなく、思い悩む中で自然療法という考え方に出会い、その中から玄米菜食とびわ療法を選ばれて、たゆまず療法を継続され、とうとう死の淵から生還なさいました。
“ところで、私事で恐縮ですが、今年の夏にこれまでの闘病を振り返って同じように苦しんでいる患者さんを励ましたくて、闘病記を自費出版致しました。
タイトルは『お釈迦様へのてがみ』とありますが、宗教書ではありませんのでご安心ください“
福浦さんは、弊社のホームページをご覧になって、ご自分がお病気を通してつかんだ“思い”に近いものを感じていただき、ご本をお送りいただいたそうです。本当にありがたいことです。
この本は、一人の女性のほとんど飾り気のない闘病の記録です。病状の変化、治療の経過、その間の様々な人々との交流、その都度その都度の心のゆれ、不安、絶望、希望、喜びも包み隠さずに、淡々と書き記されています。
“ある日、私は耐えられず、夫にしがみついて「どうせ死ぬのなら、いっそのこと一発で殺して欲しい、でも、私が死んだら家族が苦しむ。死にたくない。もう、どうしていいかわからない」と叫んだことがありました。”
福浦さんのこの本は、そこここに病気を通じて出会った様々な方への感謝のエピソードが添えられています。おそらく自分の命は自分の力だけで生きているものではなく、様々な人々によって、生かされているのだ、という発見が、この本を書かれたベースにあるようです。多くの方から頂いた励ましや共感を、今度は同じく苦しんでいる方々へ、今度は自分がエールとして送る、そんな思いが行間から伝わってきます。
“でも、私は、ガンは治る病気だと信じています。それは、ガンは、食事や生活習慣を見直し、自分がこの世でしようと決心してきた宿題をみつけ、やり遂げていくことで治せる、と思っているからです。”
“ガンで治すというより、ガンで自分の生き方、宿題を見つけていく。” これが、福浦さんが病気を通じて確認した人生の立ち位置です。
この立ち位置に立つと、自分ができるすべての事、努力できるすべての事は、豊かな楽しみとして感じられるようになります。
ガンを治すことも、その楽しみの一つにすぎません。
ですから福浦さんは、病気を経験した自分を、“病気をするまえより、いまがずっと幸せです。” と断言なさることができるのです。ご自分やご家族がご病気で苦しんでいる方には、小さいけれど確実な勇気をくれる本です。